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依存症は意志が弱い?|本願寺新報コラム30
本願寺新報 2023(令和5)年7月1日号 掲載
コラム「生きづらさ」
依存症は意志が弱い?
私がまだ子どもだった頃、父と同級生だったというおじさんが時々お寺にやってきました。決まって夕方に、酔っぱらった状態でやってきて、大きな声で「〇〇君!」と私の父の名を何度も呼ぶのでした。
どういうわけか父が不在の時にばかり来て、ほとんど酩酊状態ですから不在を伝えても帰ってくれません。とても会話が成り立つ状態ではなく、大きな声でわけのわからないことを言って、やがて玄関で寝てしまう。そんなことがくり返されました。そのおじさんの横を通らないと、勉強部屋にも外にも行けませんから、子どもだった私は怖くて身の置き所がありません。ひたすら帰ってくれること、時間が過ぎてくれることを願っていました。今でもその野太い声と、酒臭い息を思い出すことがあります。
中学生の頃、昼間にしらふのおじさんとすれ違ったことがあります。自転車でしたから一瞬のことでしたが、おじさんはとても紳士的に、にっこり笑って私に会釈してくれました。え? 誰? あれは本当にあの酔っぱらいのおじさんなの? あまりのギャップの大きさに戸惑いました。そして私のまわりでは、「悪い人じゃないけど、お酒の誘惑に勝てない。あの人は意志が弱いんだ」という評価が定着していきました。
自分が大人になって、人がひどく酔っぱらうのにはそれなりの理由があることを知りました。そのおじさんは、家族や仕事でいくつか問題を抱えてしまって、お酒で気を紛らわせていたらしいことも。気の毒なことだったとは思いましたが、それでも私や家族を恐怖で震え上がらせたことは許せませんでした。なんで僕が犠牲にならなきゃいけなかったんだと。
その考え方に疑問を持ったのは、現代人の抱えるさまざまな「生きづらさ」の問題と関わるようになってからです。薬物依存症の人は、心理的・身体的な苦痛を緩和するために、アルコールなどの薬物に依存してしまうのだそうです。きっかけは苦痛からの解放であって、快感を求めたのではない。たしかに、お酒が好きな人がみんなアルコール依存症になるわけではありません。多少羽目を外すことがあっても、たいていの人は次の日には日常に戻ります。でも、その日常が耐えられないものであったらどうでしょう? 多くの依存症の人は、孤独感・無力感を持っているそうです。この話を知って、私はあのおじさんの抱えていた苦しみの大きさを垣間見たような気がしました。
当時の私に何かできることがあったのかは疑問です。酩酊しているときしか接点がなかったのですから。でも、意志が弱い人だと切り捨てたことは間違いだったと思います。依存症を意志の問題だとするのは、本人や家族を追いつめることにしかなりません。むしろ、その人の日常が耐えられないものであったことを問題にしなければならないのです。
子ども・若者ご縁づくり推進委員会委員
寺澤 真琴