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トラウマを抱えながら生きるということ|本願寺新報コラム32

本願寺新報 2023(令和5)年8月20日号 掲載
コラム「生きづらさ」

トラウマを抱えながら生きるということ

 トラウマを抱えて生活するのは、大変に生きづらいものです。過去のつらい体験が繰り返しフラッシュバックしてきます。トラウマというのは、時間間隔を変容させ、私たちの心に「時間の分断」をもたらします。
 過去、現在、未来という通常の時間の流れが断ち切られ、トラウマ体験とその後の生活が別々の時間軸上に存在するように感じられることがあります。過去のトラウマ体験のフラッシュバックというのは、遠い昔の出来事ではなく、現在進行形の体験として感じられるのです。
 カウンセリングで「トラウマを消してほしい」と言われると、カウンセラーとしては緊張が高まります。トラウマというニュアンスが、フラッシュバックを引き起こすほどの、いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)と呼ばれるような状況なのか、それとも、嫌な出来事があり、その問題を整理したいのかでは、カウンセリングのプロセスが大きく異なります。
 カウンセリングで、過去の出来事を傾聴し、問題を整理して、新しい意味づけを探る。クライエント(相談者)は自分の向き合いたくない記憶を、安心できる空間で語り直すことで、新たな気づきを得ることができます。誰しもが過去の体験の中にはモヤモヤする葛藤を抱えていますので、語り直す体験は、多くの人におススメしたいものです。
 トラウマの治療として過去を語り直すことは、一昔前までは当たり前に行われていました。とにかく、繰り返し語ることで、トラウマ体験を記憶の中で整理できると考えられていたのです。しかし、特に大きなトラウマを抱える人にとって、過去を語り直す体験は、暴力的なものになります。「時間の分断」が起きているため、過去を語るという作業をすることで、過去の体験と同じレベルのショックを、今、もう一度、再現していることになってしまい、逆効果であることがわかってきました。
 「嫌なことをなんでも話していいですよ」という切り出し方は、優しさのようで、トラウマに苦しんでいる人にとっては残酷な言葉になってしまいます。
 「時間の分断」は、未来への視点にも影響を与えます。トラウマを経験した人々は未来に対する不安感を強く抱くことがあります。現実的には同じような体験が起こる可能性が低いと頭ではわかっていても、フラッシュバックを繰り返し体験している人にとっては、未来にも同じことが起こるということをリアルに実感するのです。
 仏教における四諦(苦集滅道)は、カウンセリングを行う中でとても役立つ教えです。ついつい「問題を解決してあげたい」という思考が先に立ってしまいますが、問題解決の方法を探るのは最後のようです。まずは「苦」と向き合う。トラウマ体験は経験していない人にとっては想像のしにくいものです。目の前の人がどのような苦しみを抱えているのか、粘り強く丁寧に向き合いたいものです。

子ども・若者ご縁づくり推進委員会委員
臨床心理士/
公認心理師
武田 正文
浄土真宗本願寺派久喜山高善寺 (kozen.or.jp)

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