レポート
「仏教×心理学 スクールカウンセリングの現場から」武田正文さん|第3期 思春期・若者支援コーディネーター養成研修会
「思春期・若者支援コーディネーター養成研修会」は僧侶・寺族を対象として、思春期・若者の生きづらさについて理解を深める研修です。
今回の講師は、臨床心理士・公認心理師として、小学校・中学校・高校でスクールカウンセラーをしておられる島根県高善寺の武田正文(たけだ まさふみ)さんです。(講義実施日:2021年1月20日)
本記事では講義のレポートとして、特に印象的だった部分を中心にスタッフの藤田 (ふじた) がお送りします。
<<本記事の流れ(概要)>>
1)カウンセリングの三原則
2)想像力をはたらかせる
3)子どもを理解するときの流れ
4)子どもの持つ「成長力」
5)仏教者として自信を持つ
6)さいごの声掛け&相談者との距離感
1)カウンセリングの三原則
「学校の空気感、現場の空気感を想像できるような時間に」というお言葉から始まった本講義。まずは、カール・ロジャーズが提言した「カウンセリングの三原則」が紹介されました。
(講義のスライドより)
【共感】
相手が何を感じて何を考えているのかをしっかり感じていくこと。
【受容】
相手が言っていることを受け止めること。すぐに否定したりアドバイスしたりせずにまずは受け止める。
【純粋性】
私たちの思っていることと口にする言葉が、一致していること。
それぞれについて、
"目の前に悩んでいる人がいて、状況を説明されると、「自分だったら、こう感じて、こう考えて、こうするよ」と言ってしまいたくなるけど、これは【共感】ではありません。(中略)目の前の人の状況、性格、能力によって、こうだろうと推測することが【共感】です。「わたしだったら」ということは一旦横においておく必要があるんですが、これが難しい。
【受容】と聞くと、受け止められるよ、そんなに否定しないよと思うかもしれません。でも、人間、元気なときには受容しやすく、「そうなんだ、よかったね」と一緒に喜べる。しかし、苦しいときや内容が受け止めにくいときに、なんて言うかは難しい。例えば、不登校。「学校にいきたくない」という子どもに対して、受容するとはどういうことなのか。リストカットをしている子どもが目の前にいたときに、子どもの気持ちを受容するとはどういうことか。
学校なんていかなくていいよ、手首を切りたくなるときもあるよねというのが受容だとしたら、受容はしにくいですよね。(中略)感情と行動を切り離して考えるのが大事で、「学校にいきたくない」と「学校にいきたくないくらいつらいことがあった」を切り離して、感情に寄り添いながら、学校に行けるという適応的な行動を目指していきます。「手首を切るのは危険だからできればやめてほしい」と示しつつも、「手首を切るほどつらい、手首を切らないと生きられないようなところでくらしている」んだということを受容していきます。
そして、【純粋性】。私たちもそうだけど、口だけの慰めや応援は嬉しくないですよね。心の底からの気持ちが乗っかれば、きれいに話せなくても相手には伝わります。この人のためになりたい、という想いを大事にしてもらいたいです。"
言葉として聞くと、なるほど確かにと思うことばかりですし、日常でも耳にする機会がある内容でもあります。ですが、本当にできるのだろうか、本当の意味で目の前の相手を大切にできるのだろうかと想像してみると、難しさを感じずにはおれません。だからこそ、こうして三原則として掲げられ、意識すべきこととされているのだと改めて学ばせていただきました。
2)創造力をはたらかせる
次に、カウンセリングでは想像力をはたらかせることが大事だとお話いただきました。
"頭を使って知識を入れると、この子はどれに当てはまるかな?と当てはめて分類するという脳みそがはたらいてしまう。
でも、本当は目の前の子に起きていることは、その子ひとりにだけ起きていることです。その子に起きていることを想像して、どんな可能性があるかなといっぱい組み立ていくのがカウンセリングです。"
大人がスクール・カウンセリングを勧めたとき、子どもにとっては授業を抜けるというみんなと違う行動が本当は嫌かもしれない。カウンセリングルームに入ってきたときに、その子は複雑な気持ちを抱えているかもしれない。......最初に掛ける声を考えるだけでも、想像できることはとてもたくさんあります。また、その上でさらに、何が本当の【共感】と【受容】になるだろうかと考えると、一層悩みます。
"であいの場で大事なものは、「安心感」。この場所は安全である。あなたのためになるためにここにいるんだということをわかってもらうことが必要で、そのために何を言って、何を言わないのかが重要になります。
「わかってる、わかってる、おじさん、わかるから話してごらん」なんて言っても、子どもは話したくないですよね。最初の切り出し方は重要で、であいの場を想像しておくのは大事ですね。"
また、今の子どもたちが抱える、価値観の多様化ということも大変印象的でした。
"最近、趣味が合わないという子どもが多いんです。昔は、ドラゴンボールを見て、ドラクエかFFをしていたらよかったんです。でも、今は、アイドルが好きと言ってもやまほどあって、どのアイドルが好きかがわかれる。アニメが好きと言っても、それもものすごく多い。何系のアニメなのか。さらに、テレビもYouTubeもNetflixもある。
子どもたちは、自分の趣味を言ったときにこの人にわかってもらえるのかと思い、話しかける際には怯えます。そうしたところから関係性を築いていかないといけないのが、今の子どもたちなんです。
そうして気を遣いながら過ごしているのに、我々大人は「大丈夫大丈夫、話してごらん」と言ってしまう。私達の頃は大丈夫だったんですよね、価値観が1つか2つだったから。
そのなかで器用に話せない子は、自分の趣味が合わなかったら話せないでしょうし、先生に(楽しく話してみたらいいよ)とアドバイスをもらっても心にはいってこないですよね。"
価値観が多様化していくということは、自分に合うものが見つけやすくなる一方で、共有・共感することが難しくなるということになるほどと思いました。学年・クラスといった限られた範囲の中で見つけられるのかどうか。周りは楽しく話している中で自分だけそうした仲間がそこにいないというつらさ。また、何年も続く関係性の中で、もしうまくいかなかったらという怖さ。そういったことを色々と想像してみると、「楽しく話してみればいいんだよ」という投げかけてしまいがちな言葉とのズレを感じざるをえません。かつての経験はいったん横に置き、「今の目の前の子に向き合う」ということの大切さと難しさも改めて感じました。
3)子どもを理解するときの流れ
(講義のスライドより)
理解していくとき、まずはこの子が健康かどうかを見る。そこから、対人関係(友達、先生、家族と上手くいっているか)、学力(勉強が苦手な場合、嫌いなことを5〜6時間座って受けるだけでその子はヘトヘトになる)に注目し、最後に特性(性格や発達障がいなど)を見る......というように、「目の前の子を理解していくにはステップがあると思っている」とお話いただきました。
"子どもを理解するときの流れというのものがあると思っています。私たちはいっぱい勉強をすると、目の前の子の特性に注意がいきます。「もしかして」と。でも、それよりも前に、ちゃんとご飯を食べて眠れているのかというほうが大事なんです。自分の特性について悩みを抱えているかどうかは人によって違って、ひとつの個性として生きている子もいます。
マクロな視点とミクロな視点を持っているのが大事。色々なことを知識として知っていることも大事で、それはマクロな視点です。こういう悩みを持ってこういう苦しみを持っている人が世の中にいるんだということ。
でもこれだけにとらわれていると、目の前のことを見逃してしまう。目の前の子が何を感じて何を考えているのかというミクロな視点です。これを抜きにしてしまうと、どんなに知識があっても、目の前の子からずれてしまいます。"
ちなみにですが、子どもではなく大人の場合でも理解の流れはほとんど同じで、「学力」のところに「仕事」が入る(できるのかどうか、適正かどうか)ということです。
4)子どもの持つ「成長力」
子どもには成長する力があって、1年後、2年後に驚くほど変わることがあるそうです。可能性をどんどん感じてあげたらいいと思う。芽が出て、ゆっくり育つイメージでいい。そうしたお言葉を頂戴しました。
(講義のスライドより)
"私たちは、この言葉でこの人を元気づけたい、未来が明るくなるようなアドバイスをしたいと思うかもしれないけれど、そんなことは現実的にはあんまり起こらない。目の前にいる子にちょっと芽が出て成長がなかなかできないというときに私たちができるのは、ひとしずく落としてあげること。この子がちょっとだけ癒やされるようなひとしずくの言葉を落とすことぐらいが、目標です。
でもそれは、画期的に成長させるというものではないですよね。この子の存在に大人としてひとこと、声をかけた。これだけでは成長にはならない。他の人が励ました、友達が優しいことばを掛けた。みんながちょっとずつしずくを落としていく。そうしてちょっとずつ成長していって、気が付いたらびっくりするくらい変わっていたとなる。それは、ひとりの力ではなくて、いろんな人のちから、いろんなご縁がつながって初めて生じるものなんです。"
「ひとしずくを落とせる大人になる」ということからお話いただいた、「怒りを抱えている子に、好きなだけ怒りなさいと言ってあげられる大人になれるかどうか。圧倒的な絶望感、悲しみを抱えている子に、元気づけるのではなく、本当につらかったねといえるかどうか」といったお言葉もとても印象的でした。
また、「何か知らんけどつらい」というような、理由がないけれどしんどいときもあることを、大人は知らないといけないということもお話いただきました。
(講義のスライドより)
"精神分析のフロイトの心の構造では、意識の部分はすごく小さい。それよりももっと大きな無意識の部分がわたしたちにはあります。(中略)無意識のなかには、葛藤も持っていたりします。その葛藤が意識化できるときには、まだ元気でいられるけれど、意識化できないときに症状に表れてきます。なんかわからないけれど、頭が痛いとかお腹が痛いとか。なので、何があるのかなと見ていく必要があるんです。"
5)仏教者として自信を持つ
ここまでカウンセリングの現場のお話を伺ってきましたが、「カウンセリングにはできないことがある。仏教にしかない見方、物語がある」というお話が続きます。
(講義のスライドより)
"どうにもならないときや解決できない状況っていうのがあるんです。そういうときに、カウンセリングには限界がある。圧倒的に絶望している、前にも進めないというとき、アドバイスしようにもひとつも思いつかない状況があるんです。
そのときに、仏教的な価値観を持っているかどうかで言葉が出せるかどうかが変わってくると思います。どん底でも大丈夫というのが、南無阿弥陀仏ですから。
そのことをきいている私たちは、目の前の子たちの圧倒的な絶望感に逃げずに向き合うことができる、はず、です。
もし、私たちが、いい高校、いい大学にいって、いい会社に就職して、安定した仕事をするのががすばらしいんだという価値観をもっていると、目の前の子の絶望に付き合ってあげることはなかなかできません。そうではなくて、人生というのはつらくて思い通りにならない。それでも大丈夫な世界がある。そこは仏教者として自信を持って話していきたいところだと思います。(中略)だれもわかってくれない、ずっと絶望的だったという子にこそ、このお念仏の教えが届くといいなと思っています。そういうご縁を作っていきたいですね。"
6)さいごの声掛け&相談者との距離感
(講義のスライドより)
"さて、カウンセリング、悩み相談のさいごにどんな言葉をかけますか?今ここでどれを選んでも、半分正解、半分間違いです。(中略)心をどう理解していくのかというとき、心を理解するのは言葉だけじゃないですし、分類できるものでもありません。
ひとひとりひとり、その瞬間瞬間に変わっていくもので、その人とのであいはその瞬間しかないんです。その瞬間に湧き上がってきた思いを、いかに相手に届けていくかを考えていかないといけません。"
「目の前の子と向き合う」ということをここまで聞かせていただいてきたからこそ、「今ここで考えられることは半分正解、半分間違いなんだ」というお言葉の重みを感じました。また、僕ならこう声掛けをするかなというところから、「カウンセリングは何か特別なキラキラした言葉を言っているのではない。大変だったね、またおいでというくらいしか言えない。でも、『え、それだけ?』という雰囲気になったら、その子が求める言葉を想像しながら伝えます」というお話があり、想像し、雰囲気を感じ取り、必要なことを取捨選択して伝えていくということの必要性と大変さ、そして最後の最後までが大切な時間であることを再度感じました。
最後に、大切なこととして相談者との距離感についてのお話もいただき、ご講義は終了となりました。
"相手との距離の取り方は非常に重要。自分をいかに守るのかということは、カウンセラーとして最初に学ぶことです。これができないとカウンセリングできません。なので、カウンセラーは学んでいるけれど、むしろそうでないお坊さん、寺族のほうが心配です。
お寺さんには何でも解決したい、受け止めたいと思う人が多いと思います。けれど、何時間でも聞く、お金もいらない、いつでも聞くとなってしまうのはよくありません。自分の心が健康でないと、相手のカウンセリングはできないですから。自分の心が健康でいられるのはどこのラインかというのをしっかり認識し、そうならないように、始めからルール設定するのが必要です。どうか気をつけてほしいと思います。
(中略)相談を聞くときには、時間を区切る必要があります。また、カウンセラーには行き詰まったら相談する師匠のような人がいます。だから、皆さんも1人で抱えないほうがいい。誰か相談できる人を。つながりをつくっておくことが必要です。
目の前の人との相性もあります。どんな人でも、合う人も合わない人もいる。組み合わせも大きいです。ここでなんとかしたいと思うかもしれないけれど、専門家につなげていくもの大事です。誰に振っていくのかというスキルも大事ですよ。"
【編集後記】
「半分正解で半分間違い」というお言葉もそうですが、「......というところまでしたら、〜となる、かもしれない」といった表現が何度もあったことも、心に強く残っています。自分がもしその場にいたらと考えて不安に思うとき、これさえおさえればOKという確かな答えのようなものがどうしても欲しくなりますが、そうしたものは無いからね、目の前の子に向き合うんだよと繰り返し説き示していただいたように思います。「失敗したときにはすぐに失敗したことを認めるのが大事。『ごめんね、いまのは君の思いとは違ったみたいだね。ほんとはどう思っているの?』と、自分の切り替えが大事」「心の底からの言葉ならきれいでなくても相手に伝わる」はしっかり持ちながら、その瞬間瞬間を大事にしていきたいと思いました。
「想像できるような時間に」という最初のお言葉通り、想像し続けるご講義でした。このレポートが少しでもお読みくださった皆さんの「想像」に繋がればと思うとともに、まとめきれなかったこともたくさんあるので、是非研修の場で想像する時間をともにしていただけたらと思います。
次回の「思春期・若者支援コーディネーター養成研修会」は、2022年10月からスタートします。オンライン講座を中心にしながら、本願寺にて2回のスクーリングを実施します。現在申込み受付中ですので、ご関心のある方は下記より詳細をご覧ください。一緒に学び合える仲間と出会えることを楽しみにしています。
第4期 思春期・若者支援コーディネーター養成研修会 募集
【講師】武田 正文(たけだ まさふみ)
浄土真宗本願寺派高善寺(島根県邑南町)。臨床心理士、公認心理師、スクールカウンセラー。仏教と心理学からこころの悩みについてYouTube【仏心チャンネル】にて動画を配信。広島大学客員講師。浄土真宗本願寺派 子ども若者ご縁づくり推進室 委員。
【執筆者】藤田 圭子(ふじた けいこ)
横浜在住の浄土真宗本願寺派僧侶。大学では生物学を専攻していたが、その後実践真宗学研究科へ進学。現在は同世代の僧侶とともに、ワクワクを生み出す様々な活動に挑戦中。一般社団法人日本思春期学会代議員、及び性教育認定講師。浄土真宗本願寺派子ども若者ご縁づくり推進室委員。
【研修情報】
思春期・若者支援コーディネーター養成研修会
主催:浄土真宗本願寺派 子ども・若者ご縁づくり推進室「思春期・若者支援部会」
お問い合わせ:goen@hongwanji.or.jp
SNS情報:子ども・若者ご縁づくりFacebook